先に結論を書きます。
日本肝臓学会は2023年、"ALT値が30を超えていたら、まずかかりつけ医を受診してほしい"という呼びかけを出しました。「奈良宣言2023」といいます。
ここで多くの人がつまずくのが、健診の結果表に印刷されている基準値との食い違いです。施設によっては上限が40や45と書かれていて、ALTが35でも"A判定"で返ってきます。それでも学会は30で線を引きました。
学会のリーフレットには、その理由がはっきり書かれています。
"肝機能の数値が基準内でも、肝炎が進行しているかもしれません"——これです。
この記事では、なぜ30なのか、かかりつけ医で実際に何をするのか、どういう場合に専門医へ回されるのかを、学会が公開している資料に沿って整理します。医師の診断に代わるものではありませんが、"受診したほうがいいのか"を判断する材料にはなるはずです。
結論:ALTが31以上なら、基準値内でも一度かかりつけ医へ
健康診断の結果表で、肝機能の欄だけ気になっている——という状況だと思います。
ALTが32、35、38あたり。でも基準値は「〜40」と印刷されていて、判定はA。異常なしなのに、なんとなく引っかかる。
この"引っかかり"は、正しい感覚です。
日本肝臓学会は2023年、第59回日本肝臓学会総会で「奈良宣言2023」を出し、ALTが30を超えていたらかかりつけ医を受診してほしいと呼びかけました。
| あなたのALT値 | 健診の判定 | 奈良宣言2023の考え方 |
|---|---|---|
| 30以下 | 異常なし | 今回は様子見でよい範囲 |
| 31〜40前後 | 基準値内のことが多い "A判定"で返ってくる |
かかりつけ医の受診をすすめる範囲 ここが見落とされやすいゾーン |
| 41以上 | 要再検査・要精密検査 | 当然、受診の対象 |
つまり、健診の判定と学会の呼びかけの間には"すき間"があります。
31〜40前後という、判定上は問題にならないのに学会は受診をすすめる範囲。ここが今回の話の中心です。
「奈良宣言2023」とは何なのか
聞き慣れない名前だと思うので、まず何者なのかを整理します。
奈良宣言2023は、日本肝臓学会が第59回の総会(開催地が奈良)で出した呼びかけです。正式には「奈良30・40宣言 ―日本肝臓学会は、U-40のサポートを宣言します―」という副題がついています。
学会が配っているリーフレットの表紙には、大きくこう書かれています。
Stop CLD
CLD=Chronic Liver Disease、慢性肝臓病のこと
ALT over 30 U/L
ALTが30を超えていたら、という意味
受診先
まずはかかりつけ医。専門医ではなく、いつもの内科でよい
その先
必要と判断されたら消化器内科などの専門診療科へ
CLD(慢性肝臓病)というのは、学会の説明によれば「肝炎ウイルスや脂肪肝、アルコール、免疫異常等の何らかを原因として肝臓が長期にわたり炎症とその修復機転で起こる線維化によって肝臓が持続的な障害を生じている状態」のことです。
少し硬い言い方ですが、要するに"原因が何であれ、肝臓が長く傷み続けている状態"を一つの言葉でまとめたものです。そして進行すれば肝硬変や肝がんの原因になり得る、と続きます。
なぜ30という数字なのか
リーフレットには、ALTが選ばれた理由が書かれています。
AST・ALTはもともと肝臓の細胞の中にある酵素で、細胞が傷つくと外に漏れ出して血管に入り、血液検査の数値として上がってきます。そのうちALTは、他の臓器にあまり含まれていません。
だから、血液中のALTが高いということは、肝臓に何か起きていることを比較的まっすぐ反映している——というのが、ALTを指標にした理由です。

かかりつけ医では、実際に何をするのか
「受診しましょう」と言われても、何をされるのか分からないと足が重くなります。ここも学会が明記しているので、そのまま紹介します。
かかりつけ医で行うのは、採血と腹部超音波検査(腹部エコー)などです。そこで必要と判断されれば、消化器内科でより詳しい検査を受ける、という流れになります。
腹部エコーはお腹にゼリーを塗って器具を当てるだけの検査で、痛みはなく、放射線も使いません。健診のオプションで受けたことがある人も多いはずです。
そのあと、4つのうちどれかに振り分けられる
ここが、この記事でいちばん伝えたい部分です。
「ALTが高い」と言われても、原因は一つではありません。奈良宣言のリーフレットには、かかりつけ医を受診したあとの振り分けがフロー図として示されています。大きく4つです。
この図の意味するところは、ALTの数値そのものより"なぜ上がっているのか"を特定することが目的だ、ということです。
だから受診したときに、お酒の量や飲んでいる薬、健診で指摘されている他の項目(血糖、コレステロール、血圧、体重)を聞かれます。答えにくいこともあるかもしれませんが、ここが振り分けの入口になります。
②に出てくる「FIB-4 index」について
見慣れない言葉が一つ混ざっているので補足します。
FIB-4 indexは、肝臓の線維化(硬くなり具合)の目安になる指標です。年齢とAST・ALT・血小板数から計算でき、奈良宣言のフローでは1.3以上が専門医への紹介を検討する目安になっています。
健診の結果表には普通載っていませんが、採血の結果があれば医師が計算できるものです。受診したときに「FIB-4はどうですか」と聞いてみると、話が早いかもしれません。

「お酒の量が多い」とは、どのくらいからか
4分岐の③に出てきた数字を、実際の飲み方に置き換えておきます。
基準は、男性で純アルコール60g/日以上、女性で40g/日以上。純アルコール量というのはお酒そのものの量ではなく、そこに含まれるアルコールの重さのことです。
| お酒 | 量 | 純アルコール量 |
|---|---|---|
| ビール(5%) | 500ml缶 1本 | 約20g |
| 日本酒(15%) | 1合(180ml) | 約22g |
| 焼酎(25%) | 100ml | 約20g |
| ワイン(12%) | グラス1杯(120ml) | 約12g |
| 男性の目安 60g/日 は…… | ビール500ml 3本 | |
| 女性の目安 40g/日 は…… | ビール500ml 2本 | |
毎日ビールを3本飲んでいる男性、2本飲んでいる女性は、この目安に当てはまることになります。
注意したいのは、これが"適正な飲酒量"ではないことです。奈良宣言のフローでこの数字が出てくるのは、アルコール性肝障害を疑うかどうかの判断材料としてであって、「ここまでなら飲んでよい」という意味ではありません。
受診しないまま様子を見ると、どうなるのか
ここは脅かすつもりではなく、学会の資料に書いてあることをそのまま紹介します。
肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるのは、肝炎が進行していても自覚症状がないことが珍しくないからです。そして、疲れやすい・顔色が悪い・お腹が張った、といった症状が出てから初めて肝臓の病気が見つかる人も少なくない、と書かれています。
一方で、明るい話も同じ資料に書かれています。
かつて頻度が高かったウイルス性肝疾患、特にB型肝炎とC型肝炎については治療方法が進歩していて、学会は「高い可能性で肝臓病から命を守ることができる時代となりました」としています。
つまり、見つけさえすれば手が打てる領域が広がっている。だからこそ、30という早めの線で受診を促している、という筋書きです。
よくある3つの誤解
誤解1:お酒を飲まないから肝臓は関係ない
4分岐を見てのとおり、アルコールは4つの入口のうちの1つでしかありません。
むしろ学会が注意を促しているのは、生活習慣病を基盤とする脂肪肝のほうです。肥満・糖尿病・脂質異常症・高血圧を指摘されている人は、お酒を一滴も飲まなくても②の経路に入ります。
誤解2:痩せているから脂肪肝ではない
②の分岐は「肥満・糖尿病・脂質異常症・高血圧を合併している」、"または"「脂肪肝がある」です。体型だけで決まるものではありません。
そもそも脂肪肝があるかどうかは、腹部エコーを撮ってみないと分かりません。
誤解3:数値が高いのは今回だけだから様子を見る
これはよくある判断で、気持ちも分かります。
ただ学会は「高齢になると病状の進行が早くなります」とも書いています。様子を見るという選択のコストは、年齢とともに上がっていきます。
それに、受診して何もなければそれが分かるだけです。採血と腹部エコーで済む話なので、確かめるコストのほうがずっと小さいはずです。
手元に健診結果がないなら、そこから始める
この記事を読んで気になったものの、去年の健診結果が見つからない、しばらく健診自体を受けていない——という人は少なくないと思います。ALTは一般的な健康診断の血液検査に含まれている項目なので、まず自分の数値を知るところからです。数値が分かって初めて、受診すべきかどうかの判断ができます。
▶ 肝機能を含む検査の予約先を見る
※ 検査は診断ではありません。数値に異常があった場合は必ず医療機関を受診してください
補足:この分野は名前もガイドラインも変わり続けている
検索して調べていると、同じ病気に違う名前が出てきて混乱すると思います。実際、この数年で呼び方が変わりました。
かつてNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)と呼ばれていたものは、国際的な合意によってMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)へ改称されています。"お酒を飲まない人の脂肪肝"という否定形の呼び方をやめ、代謝の問題として捉え直すという考え方の転換です。
そして2026年4月1日、日本消化器病学会から「MASLD診療ガイドライン2026(改訂第3版)」が公開されました。その前の版は「NAFLD/NASH診療ガイドライン2020(改訂第2版)」で、ガイドラインの名前自体が変わったことになります。
古い記事を読むときは、この点だけ頭に置いておくと混乱しにくいはずです。NAFLDとMASLDは、大まかには同じ領域を指しています。
まとめ:やることは「結果表を持って内科へ行く」だけ
最後にもう一度だけ。
ALTが30を超えていたら、判定がAでも一度かかりつけ医に相談する。やることはこれだけです。特別な準備も、専門の病院を探す必要もありません。
健診結果の紙を持って、いつもの内科に行く。採血と腹部エコーで、たいていの振り分けはつきます。
参考にした資料
・日本肝臓学会「奈良宣言2023」リーフレット(Stop CLD / ALT over 30 U/L)
・日本肝臓学会「奈良宣言特設サイト」一般の方向けページ
・日本消化器病学会 2026年4月1日 お知らせ(MASLD診療ガイドライン2026 公開)
